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事務所通信Vol.4 part1(2010年5月)

◆目次

■ひと目でわかるビジネスネタ

    ・これからの一年間で伸びる業界はこれ

■今月のいい話

■今月の気づき

  ・修行「怒らないこと」を実践してわかってきたこと

■経営に役立つ会計

   資金繰りが楽な会社の特徴その2

■経営者のための税務

   中小企業関係税制はどのようなものがあるの?その2

■今月の一押しネタ・耳寄り情報

■編集後記

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■ひと目でわかるビジネスネタ

    ・これからの一年間で伸びる業界はこれ

図は『会社四季報』のデータを集計して、東洋経済が予想した各業界の2011年3月期経常損益の伸び率です。つまりリーマンショック後非常に悪かった2010年3月期の経常損益に比較して、一年後こんなに伸びているだろうという予想です。

 さて一見して鉄鋼・電機・繊維・輸送機器などの輸出関連産業が上位に並びます。2010年3月期が悪すぎたので、持ち直している面もありますし、またコスト削減効果も全面的に出てきているということでしょう。ここでは一見して輸出関連が伸びが大きく、内需業界は伸び悩んでいるという予想通りの事実です。でもこれは輸出関連は上下の振れ幅が大きいし、内需関連は堅実だということも言えるでしょう。そもそもビジネススタイル・さらされるリスクの種類が違うので、短絡的に他業界を羨む必要はありません。それよりも急に活況を呈する業界など、変化のあるところには、必ず生産・物流・販売にあたっての問題が起きるはずです。例えば一時的な人手不足、原料や部品不足、解決すべき技術上の問題など。こんな時こそ従来の取引業者以外にも関われるチャンスがあるはずです。

(出典:週刊東洋経済2010..24発行)

 

■今月のいい話

 吉田松陰の心意気はこんなところにも

◆歩いている時間は公(おおやけ)の時間、小便の時間は私(わたくし)の時間

幕末の志士高杉晋作等が先生と崇める吉田松陰。現在の山口県萩市に下級武士として生まれた吉田松陰は当時身近に迫っていた西洋外国の脅威に大変な危機感を覚えていました。しかし時の幕府も各藩も真剣に日本の行く末を憂い、戦略的に対応しようという様子は見られませんでした。

松陰は周りの反対を押し切って日本中を歩いてみることで、今外国が攻めてきても満足に戦う力がないほど国力が瀕していることも知りました。

この時松陰が日本中を歩いた総距離は一説によると世界一周に匹敵すると言われています。その道中では当然のことながらにわかに小便を催して、道端で立ち小便することがありました。そして松陰はその立ち小便が済んだ後には毎回必ず走って、立ち小便で遅れた分を取り返したといいますから傑作ですね。

松陰曰く、自分が道を急ぐのは国のためという公の利益のため、小便は自分個人だけのためすなわち私の利益のための行為、だから立ち小便した際には走って遅れを取り戻すと言うのです。

 きっと誰も見ていなくても松陰は立ち小便の後は走ったのでしょう。自分で自分に課したルールを守ることによって、ますます自分の公のためという信念を強めていったのでしょうね。私たちも敢えて他人が見ていないところで、誰に言われるのでもなく、頑張ってみようかという気になるというものです。

(文責:赤沼)

 ソフトバンク孫社長のすごさ

◆1日5分自由な時間を捻り出し、その時間を使って生み出したものは?

 若かりし頃の孫さんにとっては、1日5分自由に使えるだけでも大変贅沢なものでした。

 孫さんは、高校中退し「多くの人を助けるために、何かでっかい事を成したい。」と、両親の反対を押し切って単身渡米しました。渡米後は、学校に通い、食事をしている時も、歩いている時も、ひたすら勉強をしていました。命燃やしてちぎれるほど勉強したというぐらいですから、1分1秒の時間を惜しんだに違いありません。

  しかし、そうは言ってもあまり両親に経済的な負担をかけないようにと、お金を稼ぐために1日5分だけ勉強以外に使う時間を捻出しました。そこで孫さんはその短い時間を発明する時間にあて、そこで得られた発明アイデアを元に一山当てようと考えたのです。その時の目標は1年後には1千万円を稼ぐことでした。

  それから日々発明を重ね、最終的には250個の発明をしました。その中でもいくつかとびきり良い発明を思いつきました。しかし、ただ発明しただけではお金になりません。製品化するために、当時通っていた大学の世界的著名な教授を5、6名集めてプロジェクトチームを作りました。その時は雇うお金がないので、発明が成功した暁に報酬を出す約束で手伝ってもらったわけです。その頃に発明した内の一つが世界初のポケットコンピューター。後に発明した製品を企業に売却したそうです。1日5分の発明を続けた結果、1年半後には1千万円どころか3億9千万円も稼ぎ出したんです!  (文責:日高)

■今月の気づき

  ・修行「怒らないこと」を実践してわかってきたこと

   

◆すっかり怒れなくなってしまいました!?

   今年に入ってのことなんですが、今私、「怒らない」というよりも「怒れない」自分がいるという新鮮な大変化を日々実感しております。「怒りそうになったら、一度深呼吸しましょう」と言った怒りの抑え方、リラクゼーションによるイライラの解消法は世にいくらでもあるかと思いますが、今の私の場合はそもそもイライラしたりカチンと来ると言った怒りの感情があんまり湧いてこないんです。誰でもご自分の一時の怒りに突き動かされて、言わなくても良い棘のある一言を発して人を傷つけてしまった経験をお持ちのはずです。もしかするとそんな方に何がしかの福音となるのではないかと願って、今月は私が今取組んでいる体験をお知らせしたいと思います。

◆長年自分を苦しめてきた大きな欠点       

   実は私、長年悩んでいる大きな欠点がありました。それが「怒りっぽい」ということでした。職場で部下が「出来て当然」と思える基本的な仕事でミスする度に愚痴を言いたくなり、家で私がテレビに見入ってる時に妻が食器洗いをするその音が気に障って怒鳴りたい衝動にかられ、田舎の父親が電話口で毎度同じ質問をするたびにイライラするなどは日常茶飯事。さらに取引先が当日朝にアポのキャンセル電話を平気でしてきたり、出来てる筈の宿題をやってなかったりすると、取り合えず笑顔ではいても顔が引きつってるのが自分でもよくわかったものです。

 また時にはこんな時、後になって「どうしてあんなことを言ってしまったんだろう」と後悔するような一言、愚痴や皮肉や相手に止めを刺すような辛辣なことをうっかり言ってしまうことも多々ありました。そしてこのような自分の意に添わないことがあると、一日中そのむしゃくしゃした気分を引きずっていたわけです。

 これら自分のネガティブな感情を素直に表に出してしまいますと、他人様との正常な社会生活を送れなくなるのは明らかですので、いつもできるだけ自分の感情を抑えて相手にばれないようにすることばかりに無駄なエネルギーを使い、これだけで消耗することが多くありました。 

  

◆「怒り」は体に悪いことこの上ない

  怒りのような激しい感情の起伏が体に良くないことを、実は小学生の時からうすうす感づいていました。というのも父親に叱られてワーっと泣いた後、決まって風邪を引いたことから、その因果関係に気づいていたというわけです。

 大きくなってから一時期流行った書籍春山茂雄著『脳内革命』を読んで、人間は怒り・恐れ・その他不快感を覚えると脳からノルアドレナリンという有害な神経伝達物質が出るということを知り、これだと思いました。このノルアドレナリンは、フグの毒よりも強い猛毒物質だとされており、それだけに怒りの感情が人間の体にとって自らを滅ぼしかねない異常事態なのだという文に一人合点したものです。

  おかげで怒りが体に本当に悪いことだと、頭では理解したわけでしたが、それがさらに事態を悪くした感があります。怒ることが体に悪いとわかり、怒りたくないと思いつつも、日々これでもかこれでもかと怒らずにはいられない事態がやって来ます。するとその度に「また怒ってしまった。」という自己嫌悪と「また体に悪いことをしてしまった」という恐怖感・罪悪感から、思うようにいかない事態をますます恨みたくなってしまうのです。

 

◆メンターの教え!一冊の本!妻の一言!

 それが大きく変わるきっかけが今年やってきました。まずその前に一年半前2008年の秋に私が体験した身も凍る恐ろしい体験に若干触れなければなりません。

 その年のある日のこと、地下鉄の階段を降りる時に左足がふらついたのを発端に、みるみる左半身が麻痺していき、特に左手と左足に力が入らない状態に陥りました。一人で満足に服を着ることもできず、ワイシャツとネクタイの着用に30分以上もかかる有様でした。外では何かにつかまらないと一人で立っていることもできず、遂には言語障害さえ生じる事態に陥りました。医師の診断では、単なる首筋の神経損傷と言われましたが、治療の効果も実感できないまま一進一退を繰り返していました。そんな中、幸いある気功の先生に診ていただくことができ、直後に劇的な回復をするという驚愕体験がありました。それ以来ずっとその先生には気功治療と心のご指導をいただいています。

そして先日先生に「赤沼さん、赤沼さんの奥さんやご両親が赤沼さんに一番直してもらいたいと言っていることを訊いてみて、赤沼さんがそれを直すようにするといいですよ。」と言われました。

 その帰路の書店でスリランカのお坊さんが書かれた一冊の本が目に留まりました。書名は『怒らないこと』。私にとっては元々気にしていることをそのものずばりで表した書名に驚きましたが、「そんなこと無理に決まっている。でもひょっとしたら?」と期待と不安半分半分でその本を手に取りました。しかし最初のページからぐいぐい引き込まれ、すっかりとりつかれたように読み進めてしまいました。

 その夜、夕食時、妻に「一番直してもらいたいことは何?」と尋ねると、妻の口からは迷わず「すぐプリッと怒ること」の言葉が出たのには、正直驚きました。私のメンターである先生の教え、書店での一冊の本との出会い、奇しくも出た妻の言葉、この一連の出来事にこれは偶然ではないという得も言われぬ感慨を覚えて一人興奮していました。

   

◆馬鹿馬鹿しくて怒ってなどいられない

ではいよいよ私がこの本を読んで、感じ入り、取り組んでいる気づきをお伝えしましょう。

  まず自分が何かに怒る時というのは、その大前提として「自分は正しい。他人・相手は間違っている。世の中は間違っている。だから間違った他人や世の中に自分が怒っても良い!」と思っている筈です。でも果して心底「自分は正しい」と自信を持って言えますか?このように問われて自分の胸に手を当てて考えてみたら、どうでしょうか。自分が常に完璧で正しいなんて言える人が世の中にどれだけいるか疑問ですよね。

  そもそも人間が五感を通して知ることができる情報は極めて不完全なものです。さらにその情報を伝えるために用いる言語という道具も、たくさんの意味があったり、時と場合や言う人によって意味・イメージが変わるなど、実に不完全でいい加減なものです。また人は100100通りの考え方・感じ方をします。これを冷静に思い起せば、他人とのコミュニケーションが100%思い通りに出来ると思うこと自体大間違いだと気付かされます。

  また人間の感情というものには、面白い性質があることを知りました。「楽しい」というポジティブ(肯定的)な感情と「厭だ」というネガティブ(否定的)な感情を同時に持つことができないのです。確かに何かに怒った後でむしゃくしゃした気分を引きずってる間は、普段なら面白いはずの映画もスポーツ観戦もつまらなく感じたり、漫才で大笑いしている人を見たら毒づきたくなるなど、素直に楽しむ気分ではなくなります。また他人の親切にも素直に感謝できなくなったりします。美しい風景や美術品を目にしても怒っているとその美しさに感動できません。同じ人生なら、せっかくの楽しい体験やチャンスを自らゴミ箱に捨てるような人生より、楽しい体験・素晴らしいチャンスを全部素直に「楽しい・素晴らしい」と感じられる人生の方が良いと思うのは、当然のことと思えました。だから馬鹿馬鹿しくって怒ってなどいられないのです。

 確かに世の中、思い通りにならないことの方がはるかに多いでしょう。でもそれは元々完璧にはほど遠い情報認識能力やコミュニケーション能力を持つ人間が、それぞれの個人的な考えに従って生きてるというのが世の中なのですから、当然と言えば当然のことです。そこでいちいち怒っていてはとてもじゃないですが、身が持ちません。怒って少しでも事態が良くなるのならともかく、怒っても何一ついいことないんですからね。

   

◆怒らないコツは、怒らないこと

  そして怒りの感情がメラメラ燃えだす前のまだ小さい種火のうちに取り除くと効果的です。今まで感情というものは勝手に湧いて出てくるものでどうにもならないものと諦めていました。ですから勝手に湧いて出た怒りをいかに静めるか、せめて表に出さないようにと苦心していたわけです。しかし今は自分の中で「怒り」の感情に敏感なセンサーを付けておいて、ほんの少しでも怒りが生じかけたら警報が鳴って自動的に消火していますが、これが実に効果的でした。

 怒りというものは、自己増殖します。自分をこんなにも怒らせた相手が悪いと思って、たくさん怒ると余計相手を悪く思う度合いも強まるということに注意しなければなりません。

  怒る原因⇒怒る⇒怒らせた相手が悪いと思う⇒もっと怒る⇒もっと怒らせた相手はもっと悪いと思う⇒もっともっと怒る⇒・・まさに悪循環ですね。

  ですからほんの少しでも不愉快な感情が起きかけたら、すぐに原因・理由はどうあれ、まずは怒るのを止めることに全力を挙げると良いです。すると段々それが反射的にできるようになってきます。要は怒らないと言ったら怒ってたまるか、自分は怒らないぞと決意することです。

◆「怒らない」喜びを再発見!

  先日、電車に乗っている時のこと、今まで思ったこともない妙なことを考えている自分に気づいて驚きました。その時「困ること、嫌いなことが何か起こると面白いな。」と浮き浮きしながら考えていたんです。困ること、嫌いなことが起こるのを期待してるなんて言えば、頭がどうかしてると思われるでしょう。でもその時は、今までであれば避けていた困りごとや嫌いなことに直面しても、今までと違って腹を立てたり嫌悪感を感じたりしないで心穏やかに対処できるという自信に満ち溢れていたために、そのことを試したくて試したくて仕方がないという心境だったんです。でも不思議なもので、すると腹を立てたり嫌悪感を感じるような事態に逆にあまりぶつからなくなってきた気がします。以前ならカチンと来たりイライラしていた同じ出来事が、本当は今も起きているのかもしれませんが、そのように感じないのでしょう。そのように感じなければ、世の中にはカチンと来たりイライラする出来事が無いのと同じことになります。

もちろん今も日々想定外のいろいろなことが起きます。電車が遅れたり、自分が乗った車両だけがたまたま異様に混んでいたり、訪問予定日を相手の方が忘れていたり、あれだけ言ったにも関わらず誤って伝わっていたとか。そんな自分に不都合なことや不愉快なことが起きる度、以前と比べると随分落ち着いて対処できている自分がいることに気付く喜びがあります。もちろん「あー少し怒ってしまった感があるな・・反省反省!」ということはたまにありますが、それでも劇的な進歩に違いありません。そして冷静に余裕を持って何事にも対処するのですから、何事も以前より上手く運ぶ確率が飛躍的に高まります。するとますます怒る原因が減り、良い循環が生まれてきます。

私が抱えてきた「怒り」のように、きっとどなたにも治したくとも諦めている大きな欠点の一つや二つあるはずです。これに決して諦めることなく真正面から向き合えば、解決又は大幅な改善をできる道は必ずどこかにあるんだなと気づかせていただきました。今回は極めて私事で恐縮ですが、諦めずに求め続けたおかげで得ることができた、まさに驚きと喜びと感謝でいっぱいの体験をご報告させていただきました。

(文責:赤沼)