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事務所通信Vol.7 part3(2010年8月)

■今月の気づき 

・オシム前監督とサッカーワールドカップに学ぶ日本人的課題

 

◆いつにも増して充実したワールドカップ観戦 

先月サッカーワールドカップがスペイン優勝で幕を閉じました。おかげで私自身このところサッカーの話題が多かったのですが、今回は総括も兼ねて懲りずに敢えてサッカーの話題で参りたいと思います。 

というのも私自身、ワールドカップイヤーだけの俄かサッカーファンにも関わらず、特に今回はいつもよりずっと沢山の気づきを得ることができ、仕事や人生において自分の課題がより明確になる良い機会になったからです。 

今回はワールドカップ観戦から私が気づいた日本サッカーひいては日本人そしてその一人である私自身の課題などを振り返って参ります。

きっと組織というものと格闘しておられる経営者の方、その組織幹部の方、一個人としてどう行動すべきか迷われている方に何らかのヒントになるのではないかと期待しています。

◆きっかけはオシム前監督の言葉から

実は私はワールドカップが始まる少し前からインターネットでのオシム前監督のコメントに注目しておりました。またオシムさんの著書もワールドカップ開会前に一冊、終了後にまた一冊と目を通しました。

元々オシムさんが代表監督に就任して以来、その鋭すぎるほど的確なコメントをいつも楽しんでいました。そしてオシム監督の下でついに日本人らしいサッカーが完成しそれを目にできるのを待ちわびていたものです。

しかし2007年に脳梗塞で倒れられ、残念なことに日本代表監督を継続できなくなった際には、ぽっかり胸に穴が開いたような状態になりました。それ以来サッカーへの関心もすっかり失せていたのですが、それも今のワールドカップが始まるまでのことでした。

大会直前になるとさすがにサッカー関連の情報や話題も増えて来ましたので、だんだんと気になっていた折、書店でたまたま手にしたオシム前監督の著書『考えよ!〜なぜ日本人はリスクを冒さないのか〜』を読んでみました。

実はその時には読んでも全くぴんと来ませんでした。しかしワールドカップで日本代表が予想外の活躍を見せ、その奮戦ぶりが日本中の話題になってから、あれっと思ってみて再度読み返してみたのですが、あらためて読んだその内容に、頭をハンマーで殴られるような驚きを覚えたのです。

◆監督に頼るな。自分の頭で考えよ!

何に驚かされたかというと、オシムさんの予言がずばずば的中し、彼の言う日本の良いところと課題がそのままワールドカップの日本代表の試合に表れていたことです。

予選リーグでは各試合毎にオシムさんの説く日本の強み弱みを上手に相手に合わせてプレーできていたことがわかりました。

また日本選手共通の課題も浮き彫りになっており、それもパラグアイ戦の敗戦にはっきり表れていました。

書籍のタイトルにあるように、彼は常に「考えよ!(自分の頭で)」「(チャンスとみたら)リスクを冒ししてでも全力で攻めろ」を口を酸っぱくして指導されました。

それというのもサッカーというスポーツは野球などとは異なり、味方チームの11人と相手チームの11人そして一つのボールが常に動いていて、その組み合わせたるや無限にあります。つまり同じ場面は決して二度無いのです。

また野球であれば、かなりの部分を監督がコントロールすることができますが、サッカーではそれがほとんどできません。ピッチに立つ選手には、監督の指示も観客の声援にかき消されて全く聞こえない状況になります。

また野球と違い、サッカーではキックオフした後、じっとしていられる時間はほとんどありません。つまり刻一刻変化していくプレ−の状況を目前にして、監督ではなく選手一人一人が自分の頭で考えて、動かなければサッカーでいいプレーはできないということです。

サッカーをしてこられた方には、当り前過ぎる話しかもしれませんが、私などのようにスポーツと言えばサッカーより野球という世代の人間にとっては、あらためてサッカーの特徴が際立って見えてくる気がしています。

でも監督に就任したオシムさんの目には、日本代表選手は監督の指示を待ってばかりいて、自分の頭で考えてプレーしないと映ったようです。

確かによく取り上げられる話題として、以前はフォーメーションは3バックか4バックかという議論がありました。

しかしオシムさん曰く、それはナンセンスであって、本来相手の出方に応じて柔軟に変化すべきなのです。例えば相手フォワードが一人ならば常にもう一人多い二人で守るし、相手が途中から二人に増えたら三人で守るというように、監督の指示を待っていては遅いのです。

また前回ドイツ大会のオーストラリア戦、1対0で勝っていた状況でジーコ監督が途中から小野伸二を投入したケースがありました。この時、選手によって、監督が追加点を上げる意図なのか、守りを固める意図なのか、を読み間違えて動きがバラバラになり、ラスト5分で屈辱的な3点を取られて逆転負けしたということがあります。

このケースでは、攻撃か守備どちらかに重点を置く監督の指示・意図がある筈だと決めつけるのではなく、やはり個々の局面毎に選手自身が最良と判断して守備も攻撃もしなければならなかったということになります。

監督の指示よりも現場に最も近い選手個々の判断が優先なのです。

大ヒット映画『踊る大捜査線』の青島刑事のあのセリフ「事件は会議室で起きてるんじゃない。

現場で起きてるんだ。」で、体を張って頑張っている現場の刑事に会議室のお偉方がいちいち指図するおかしさを表していました。

『踊る大捜査線2レインボーブリッジを封鎖せよ』では室井管理官が「現場の君たちの判断で動いてくれ」と指示して、難事件を解決し、警視総監賞に輝きました。

やっぱり現場に近い一人一人が自分の頭で考えなければならないというテーマが、サッカーでは否が応にも表面化するということがわかります。

◆そして日本人はなぜリスクを冒さないのか

オシムさんの本のタイトルの副題は「〜なぜ日本人はリスクを冒さないのか〜」です。

ワールドカップ開催前に彼はすでに日本人選手に対して、時には敢えてリスクを冒してでも例えばディフェンスの選手も攻撃に参加して得点の確率を高めることをなぜしないのか、敢えてスタミナ切れのリスクを冒してでもピッチの端から端まで走って攻め込まないのか、と問うていました。

なぜ日本人はここぞと言う時にビビるのか。失敗を恐れて危なげないプレーばかり好むのか。

サッカーのゲームで得点チャンスというものは、そんなにたくさんあるものではないのだから、その数少ないチャンスをものにするためには、意表を突く思いきった果敢なプレーに挑戦しなければならないと言うのです。

もしディフェンダーが果敢に攻撃参加して、結果的に得点できず、さらにカウンターアタックで逆に点を取られたりしたら、その結果だけを見て、なぜあそこで無理して走り込むんだ?というように、結果だけでチャレンジを批判する姿勢、確かに私たち日本人にはありがちだと思います。

 今回の大会後、心情的には日本代表の団結力に感動し、その余韻に浸っていたいところですが、オシムさん曰く「予選リーグのデンマーク戦では良い戦いをしたが、決勝トーナメントのパラグアイ戦ではやはり日本の悪いところが出たために、歴史的大チャンスを棒に振った。」つまり「リスクを冒して攻める」ことができないこと。冷静に状況を分析してチャンスがあれば失敗を恐れず徹底的に攻める態度が足りなかったのです。

デンマーク戦では点を入れて勝つか点を入れられずに負けるかという退路を断たれた状況でした。だからリスクを負ってでも攻めないわけにはいかず、結果的に日本代表にとっての歴史的なベストゲームになりました。

 しかしパラグアイ戦では、点を取られさえしなければ、そのうちどこかで点を取れるのではないか、運よく点が入れば良いのになというように、ほんのわずかに消極的な気持ちが選手一人一人に出てしまったと言います。

 岡田監督ももちろんベスト4を本気で目指すためにも、無得点のままPK戦に入ることを良しとしてはいなかった筈です。疲労でコンディションが悪かったこともあり、堅く行こうとする姿勢にリスクを冒したくないという欠点が後押しし、攻撃を雑で淡白にさせたことは間違いありません。

 オシムさんは日本人選手のこの「リスクを冒したがらない」性質に対して、ただ単に叱咤激励するようなことはしませんでした。

「結果的に上手くいかなくても、失敗したとしても責任は監督が取るから、思い切って行け。」

結果が悪くても意図が正しければ「今の考え方・作戦はなかなかいい!」一方例え結果が良くても、無謀であったり、たまたま上手く行った時には「今のは駄目だ!」と結果の善し悪しに左右されずにあくまでその選手が考えて実行したプレーの意図をきちんと評価していました。

 お客様ではなくて常に上司の評価を気にするような指示待ち型の従業員への接し方として大変参考になるとは思いませんか?

 サッカーであれば最終的に相手よりも多くシュートでゴールネットを揺らせて勝つことが最終目的ですから、わかりやすいと言えます。

でも現実の仕事も自分にとってのお客様、会社にとってのお客様に喜んでもらうことが最終目的ということは誰もがわかっていることの筈です。

◆成長し前進するには、ひたすら反省すること

一番最近読んだオシムさんの著書は『オシムの戦術』です。この中で代表監督時代に気付いた日本の選手の大きな問題をもう一つ指摘しています。

 それは何か結果がまずかった時、失敗してしまった時、ミスが起きた時の態度です。そこでの「しょうがない」そして「切り替えよう」が大問題だと言うのです。

日本人は、失敗してしまったこと自体元には戻せないのだから「しょうがない」、だからくよくよしていないで気持ちを「切り換えよう」とするのだそうです。そしてなるべく皆でこの話題には触れないようにすると言うのです。

何となく前向きなポジティブ思考のようにも聞こえますが、日本人の場合には単に失敗したといういやな記憶を忘れて、そこから早く逃げたいだけだと言います。皆で甘え合っているのです。次に上手くできるようにするために、その失敗から冷静に何かを学び取る姿勢に欠けているのです。

 欧米人は失敗したから自分が駄目な人間等とは思わず、卑屈になったりはしません。客観的に知識・能力か何かが不足していただけだから、その不足していたものをはっきりさせて次回は上手くやってやろうと、いい意味で切り替えるというのです。失敗を学びのチャンスとしてその原因を明らかにし対策を練り実行すること、その繰り返しはサッカーも仕事も人生も同じだということです。サッカー観戦の気づきがこんなにも自身の反省に行きついてしまったことは大きな収穫でした。

(文責:赤沼)