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事務所通信Vol.9 part2(2010年10月)

交渉人勝海舟のテクニックを超えた最強交渉力


言わずと知れた勝海舟は数多いる幕府の役人にあってただ一人幕末から明治にかけて、その交渉力を遺憾なく発揮し活躍したことで知られています。西郷隆盛との一世一代の交渉により、江戸城無血開城を成功させた逸話が最も有名です。その伝記を読むと、困った時には勝を差し向けよと難事を収めたい時には、決まって勝海舟が交渉役にかつぎ出されていました。第二次長州征伐の際に消極的な薩摩藩と強硬派の会津藩の間を収めたり、対馬諸島を占拠したロシア軍を追い払ったり、攘夷に燃える過激な長州藩士をなだめる一方で下関を攻撃せよといきり立つ外国4カ国の大使に攻撃を引き延ばさせる時も、江戸城開戦に備えイギリス大使を味方に引きいれる際も、誰もが難しい交渉を前にたじろぐところを、漂々とした調子で見事に乗り切って見せるのです。

坂本龍馬が姉への手紙で勝を「日本第一の人物」と言い、西郷隆盛が大久保利通への手紙の中で「勝先生に、ひどく惚れ候」と記すなど、高い評価がある一方、二十数回も暗殺者に襲撃を受けたことが物語るように敵味方問わず憎まれることも多かったのです。

勝海舟は「処世の秘訣は誠の一字」と言い、常に私利私欲を超えて天下を想い大事にあたりました。交渉の場で下手な小細工は役立ちません。日本国の独立を諸外国から守るという、国内の利害と立場を超えたより大きな目的を共有することと、勝なら信用できるという人徳こそが物を言います。話というものは内容もさることながら誰が言うかが大問題です。気を引き締めて自らの言動を毎日積み重ねることで、わずかずつでも勝海舟に近づくべく努力したいものです。  (文責:赤沼)


プロゴルファー宮里藍選手のスランプからの脱出

女子プロゴルフ世界ランキング1位に輝くなど日本人だけでなく世界の人を魅了している宮里藍選手。今年はすでに5勝しており賞金ランキングでは現在1位(2010.10.11付)と絶好調です。

 しかし今でこそ絶好調の宮里選手ですが、米ツアー参戦後極度のスランプに陥った時期がありました。06年に満を持して渡米した後、日本とは違う環境に対応していくために自らのプレースタイルを改良していきました。改良したことが結果裏目に出て悪い方に作用し、気づくと宮里選手が本来持っていた正確性が失われ極度のスランプに陥っていたのです。そこから3年間の長いスランプが彼女を待っていました。

 宮里選手は再び自分を取り戻すべく自分らしいスイングに戻していきます。そこで役立てたのが「整理ノート」です。スランプの時は考えすぎるくらい自身のプレーについて考えていたそうです。しかし考えていたところで改善の糸口がつかめません。そこで頭の中で膨らんだ考えを一旦ノートに書き出すことにしたのです。書き出して整理整頓していくと自分の行うべき事がシンプルにまとまったといいます。またその過程で自分の本来の強みと弱みも改めて認識したそうです。今では宮里選手は一つ一つのプレーに一喜一憂しなくなったといいます。それは整理ノートを通して自分の強みと弱みをわかった上で常に冷静に自分と向き合っているからかもしれません。この逸話を聞いて改めて宮里選手の淡々としたプレーを見ると、高いプロフェッショナル意識で自分自身と闘っているのだなと感服します。

(文責:日高)